少しずつですが、人に自分の弱い部分を見せたり、
自分のだめな部分とか、本当の自分とかを見せられるように
なってきたような気がします。
今まで上辺だけカッコつけて、表面的に取り繕ってきました。
そんな自分は、いつも心の奥が途方もなく疲れていて、
人と接するのが億劫だと感じることが多かったです。
でも、そんな気持ちを心の底に押し込めたり、
気合で奮い立たせたりして、明るくふるまっていました。
人間として成長するには、どうしても”他者”が必要です。
人は孤立して奮闘しても勝利は約束されていません。
”他者”が自分を受け入れてくれればしあわせです。
逆に、両親や肉親の包容を経験しない子は、
人生に辛い歩みを踏み出すことになります。
(中略)
そして、”他者”に受け入れられることによって、
自分自身をあるがままに受け入れることを体験したものは、
今度は、隣人にとって貴重な”他者”となってゆくのです。
出典:シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日![]()
離婚を機に、実家に戻ってきました。
いい歳をして、親のすねをかじっている自分って
どーなのって正直思いますが、
実は小さい頃から、人一倍寂しがり屋で両親の愛情を欲していました。
でも残念ながら、
その想いが満たされないまま大人になってしまったと感じる自分がいます。
今になっても、まずは親にありのままの自分を受け入れて欲しいと
心が叫んでいることに、時々気がつくことがあります。
その感情を、激しいコトバで両親にぶつけてしまったりするのですが、
両親はそれを懸命に受け入れようとしてくれているのを感じています。
そのお陰で最近、きっちりと閉じていた心の扉が、
両親だけでなく、周りの人たちにも少しだけ開いて、
心が前よりも軽くなったと感じます。
そう考えると、この離婚は大きな恵みだったと気づきます。